魔法との出会い、そして「脱走」の記憶
戦後の昭和中期生まれの私が、「洋画」という未知の世界に初めて足を踏み入れたのは、昭和48年(1973年)、中学生のときだった。その入り口となったのは『チキ・チキ・バン・バン』。スクリーンの中で空を飛び、海を駆ける魔法の車に、私は一瞬で心を奪われた。劇中を彩るオーケストラの華やかな旋律は、映画館を出た後も耳に残って離れなかった。それ以来、私は映画という名の魔法の虜になってしまった。
繰り返しの鑑賞と、忘れられない「脱走」
これまでの人生で最も繰り返し見たのは、『マイ・フェア・レディ』と『ロミオとジュリエット』だろう。どちらも映画館の暗闇の中で、少なくとも7、8回は対面している。後にビデオが普及してからは当然のようにテープを買い求め、擦り切れるほど再生したものだ。中でも『マイ・フェア・レディ』には、忘れられない思い出がある。高校1年か2年のころ、どうにも学校に行く気分になれず、私は制服姿のまま、こっそり授業をさぼって一人で映画館へ向かったのだ。
暗闇の中で塗り替えられた日常
補導を恐れてハラハラしながら入り込んだ劇場で、私は言葉を失った。アスコット競馬場のシーンで見せつけられた、息をのむような白と黒のコントラスト。オードリー・ヘプバーンが身にまとう豪華絢爛なドレス。その圧倒的な美しさに触れた瞬間、退屈な日常は鮮やかな色彩で塗り替えられた。ストーリーは一言一句ソラで言えるほど頭に叩き込み、サントラは針が飛ぶまで聴き倒した。彼女が画面の中に生み出す「夢のような時間」に、私は救われていたのだと思う。
日本映画の両輪、そして昭和の熱気
日本映画に目を向ければ、『黒部の太陽』と『男はつらいよ』が私にとっての双璧だ。『黒部の太陽』は、石原裕次郎と三船敏郎という二大スターが映画界の壁を越えて初共演した記念碑的作品。世紀の難工事に挑む男たちの凄まじい熱量は、当時の日本映画が持っていた底力を象徴しているようで、今でも見るたびに背筋が伸びる思いがする。
寅さんの「予定調和」という安らぎ
一方で、渥美清さんの『男はつらいよ』には、実家に戻るような無上の安心感がある。旅先で誰かに恋をしてはフラれ、結局またカバン一つでいなくなってしまう。あの予定調和、あのマンネリこそが至高なのだ。「あぁ、またやってるよ」と苦笑しながら見守る時間は、私にとって密かな心の保養でもあった。
ポップコーンではなく、体温と煙草の匂い
振り返れば、昭和の映画館は今のような指定席などなかった。話題作ともなれば館内は人で溢れ返り、座れずに通路で立ち見をするのが当たり前だった時代。前の人の頭の隙間から、背伸びをしてスクリーンを食い入るように見つめたあの熱気。ポップコーンの匂いではなく、人々の体温と煙草の煙が混じり合った独特の匂い。あの混沌とした空気感さえ、今となってはたまらなく懐かしい。
聖地「三鷹オスカー」での日々
大学時代の昭和52年(1977年)から、東京都のJR三鷹駅南口の商店街にあった名画座「三鷹オスカー」でアルバイトをしていた。1946年に野菜市場の一角から始まったこの映画館は、1977年に「古いけれど良い映画を、低料金で見せる」名画座へと舵を切った。経営には大映取締役だった初代社長から三代目の鶴田浩司さんまで親子三代が情熱を注いでいた。
徹底した「特集主義」が生んだ熱狂
名画座になってからの番組編成は、もはや「こじつけ」と思えるほどの特集主義だった。特定の監督や役者はもちろん、「ジャズ映画」など独自の切り口で作品を集める。1回分おまけがついた6枚綴りの回数券を発行したり、3本立ての上映時間を数日ごとにスライドさせたりと、創意工夫に満ちていた。1週間の最高動員は1979年9月の3,941人。その数字には、映画館が刻んだ確かな鼓動が宿っている。
「さよならフェスティバル」と昭和の終焉
平成2年(1990年)12月30日、再開発に伴いオスカーは閉館した。閉館前の「さよならフェスティバル」には、社会人になっていた私も毎晩のように通いつめた。最終日は開館当時と同じ500円という入場料になり、胸が熱くなったのを覚えている。無料でもらったポスターは今も宝物だ。2年後、跡地に14階建てのビルが建ったとき、私の昭和は本当の意味で終わったのかもしれない。
魔法は解けない
あれから長い年月が流れたが、映画への情熱は今も衰えていない。ビデオや配信を含めれば年間200本は鑑賞し、休日には自宅で4、5本立て続けに没頭することもある。それでもやはり、あの大きなスクリーンが恋しくなり、気づけば映画館へ足を運んでいる。そして劇場に行くと、つい「はしご」をしてしまうのだ。そんな欲張りな性分は、中学生の頃から変わっていない。
映画に難しい理屈はいらない
最近は子供と一緒に映画を見る機会も増えた。自分の好きな古い名作を勧めることもあれば、子供が選んだ最新のアニメに付き合うこともある。さて、今日もこれから「はしご」の続きを見なければならない。映画を見るのに、難しい理屈はいらない。私がスクリーンに期待するのは、あくまで現実離れした世界。いいものはいい、きれいなものはきれい。それで十分ではないか。
「手作りのぬくもり」を求めて
日々の生活で泥臭い現実に直面しているのだから、せめて映画館にいる間くらいは、完璧な美しさに浸っていたい。最近の映画は技術こそ進歩したが、昭和の映画が持っていた「手作りのぬくもり」や優雅な美しさはどこへ消えてしまったのだろう。それでも私は、今日も暗闇の中で光を待つ。あの昭和の映画館で背伸びをして見上げた、あの眩い夢の続きを探して。